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現実ブログに書かれていることは既に起きたことである
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 ニッシーが教室から出て行ってから五分が経ち、未だに帰ってこない。私は少しニッシーが気がかりになり、ケータイから未来ブログのコメントを見ることにした。
 ――これはひどい。
 未来ブログのコメント欄は、ニッシーを面白くないという批評をしていた。しかも、ニッシーをギリギリまで追い詰めるようなことばかり書いていた。ニッシーのプレッシャーはかなりのものだったと伺うことができた。

 おそらくニッシーはトイレでケータイから未来ブログのコメント欄を見て、打開策を考えているはずだ。だが、打開策は何処にもなく、あるのは罵倒と批判のみ、彼の助け舟は何処にもなかった。
 ……どうにかして、救ってあげたい。
 元々これは私がしたことだ。提案したのはカコだが、それを受け入れた私にも罪がある。何か彼を手助けできる方法はあるのか? と思いながら、ふと、あるものを見つけた。未来ブログのコメント欄だった。
 ――これは使えるかもしれない。
 私はそのコメント欄の一部を引用し、あるコメントを書き込んだ。名無しだと、パッと見、スルーされると思ったので、ここは、助け舟、という名前で書き込みし、自己アピールしてみた。 
 
 私がコメントを書き込むと、クラスメイト達はこぞって、そのコメントに食いついてきた。これでいい、後はニッシーがこの言葉が言えるかどうかにある。
 ――この未来ブログのコメントを見ていないクラスメイトなら笑わない。だが、コメントの流れを全て見ているクラスメイトなら必ず笑うはずだ。
 私はニッシーが私のコメントを見て、それをやってくれるのかと期待しながら、黒板に書かれている、助動詞の断定「なり」の用法を、ノートに写した。

 廊下側から無機質な足音が近づいてくる。ニッシーが帰ってきた。ニッシーがトイレタイムを取ってから十分近く、遅刻扱いにはならなかった。
 ガラガラと教室のドアを開けたニッシーはボーと立っている。カミナリは呆然と立ち尽くすニッシーの様子を見て、疑問を持っている。
 ……カミナリが冷静さを取り戻すまでのこの一瞬がチャンス、後は、もう、タイミングだけだ。未来ブログに書かれたことを言えば、いいのだ。
「先生、トイレ行って来ました……」
 ここまでは誰でも言える。後はアレを言い切れば、笑いは取れる。
 今か今かと待ち望む期待の視線に答えるように、ニッシーは意を決して、最後の言葉を発した。
「……ナリ」
 その瞬間、私達は今まで我慢していた笑いをバッと出してしまった。
「アハハハハ!」
「死ぬ死ぬ死ぬ!!」
「ナリだって、カミナリにナリだって、ナリリリ!?」
 もう相手がカミナリだろうが、どうでもいい。私達は今まで体に蓄積させてきた笑いを全て外へ吐き出さないと元には戻れない。
「何、笑ってるんだ? 西川に失礼だぞ」
 いや、むしろ、ニッシーにとって、この笑いは、ライスシャワーの洗礼よりもありがたいものだ。ニッシーも顔も心なしか笑っているようにも思える。
「俺、元の席に戻りますね」
 何事もなかったかのように装うニッシー、いやに誇らしげだ。クラスメイトの数人らはそんな様子にも敏感に反応し、大笑いしていた。
「もう、そろそろ、授業に戻ってもいいよな?」
 そうたずねられるとクラスの笑いはピタッと止まり、カミナリは授業を続けるようとする。

 しかし、一度、緩んだものを元に戻すのは難しい。涙腺しかり、ヒトの頬もそうだと言える、。どんなくだらないことでも【それ】に関することを言ってしまえば、腹を抱えて笑ってしまう。私達は既に笑いのツボにハマッタのだ。

 そう喩え、それが本人の意図しないところでも、笑ってしまうのだ。
「で、この助動詞の断定の【なり】は」
 その瞬間、教室中は大爆笑の渦に包まれ、ハハハ!! と笑いだした。
「ナリ! ナリ! ナリ!!」
 クラスの数人の笑いで、授業は妨害され、さすがのカミナリも怒り心頭のご様子だ。
「おい、なんで、笑っているんだ? みんな」
 カミナリは威嚇のつもりであったが、クラスにしてみれば、その威嚇は火に油を注ぐようなものであった。
「だって、カミナリがナリにナリって!!」
「死ぬぅぅぅうううーーーー」
「先生、もうナリナリって言わないでください!!」
「オレ、腹筋崩壊!!」
 クラス中がわけのわからない笑いに包まれていく。未来ブログを知らないであろう一部の生徒はこの笑いの異変に気づく。
 いや、この状況下で、一番恐怖を感じているのはカミナリであろう。
 自分が面白いことを言ったはずがないのに、大笑いするこのクラスは不気味なものだと言えよう。

 ……どう考えても笑いのポイントがわからない。何処が面白いのか? そんなに面白いことを自分はしたのか?

 この笑いの理解をできず、気持ち悪いものがカミナリの背筋に入り込んでいく。
「なにがおかしい!?」
 授業妨害の叱る威嚇ではなく、純粋にそうたずねる。しかし、誰も答えてはくれない。
「なにがおかしいって、なりが!!」
「なりがおかしいに聞こえる!!」
 クラスメイトの誰かが笑いながら説明するが、もちろん、カミナリがこの意味を理解できるはずがない。
「ちゃんと答えなさい! 誰か説明しなさい!」
 きっとカミナリはこの笑いの意味を理解できず、この先ずっとこの笑いの謎に苦しみ続けるに違いない。そう思うと、更にはらわたがよじれて、おかしくなる。私もまた、腹筋が崩壊しそうだ。

 笑いが堪えない二年二組の教室、それに対して、置いてきぼりになるカミナリと一部の生徒達。この笑いが治まるまで授業はしばらく中断することになった。

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 五時限の古文の時間が来た。教師は怒号で有名のカミナリだ。彼に怒られた生徒は全身に電流が走ったかのように手足が痺れて、三日三晩、シビレが取れないと言われている。
 カミナリは頭皮には髪の毛がないので、スキンヘッドのニッシーとは同類だから、未来ブログに書かれたことをこなすにはだいぶ楽かと思っていたが、ニッシーの顔色を見ると、そうでもなかった。
 ニッシーの顔色はこの上なく蒼白しており、いつ、保健室に運ばれてもおかしくないぐらい、病弱な形相をしていた。しかし、そんな彼の顔色と反比例するかのように、私たちクラスメイトはニッシーの面白いことを待ち望んでいる。
 ――この重々しい空気の中、彼はどんなことをして、私たちに笑いをもたらしてくれるのか? ニッシーが言っていたとおり、私たちはテレビの視聴者気分である。

 未来ブログにもコメントが寄せられおり、ニッシーは更に追い込まれていく。見ていなければどうってことはないのだが、ニッシーはカミナリの視線を盗みつつ、ケータイをちょくちょく確認し、肩を落とす。
 どうしてみるのだろうか? 自分が苦しむだけなのに……
 他人事のようにそれを見る私、どうやら私も少しずつこのクラスの空気に侵されているみたいだった。

 ニッシーはケータイを何度か見て、左右に顔を振った。周囲のみんなも、うんと頷いた。何か面白いことをやるつもりだ。
 カミナリが黒板に古文の助動詞の種類を書き出すと、ニッシーはバっと、立ち上がり、すぐ座った。

 みんなはぷっと吹いたが、それが面白いとは言えず、ケータイで面白くないぞ! という書き込みがされた。それをケータイでチェックしたニッシーは机の上でガバッと覆いつくすように倒れた。
 ……なんだか、そんな彼の姿が哀れに見える。もはやこれは公開処刑だ。

 だんだんと追い込まれて、精神が病んでいくニッシー。ろくにできもしないのに、シャーペンでペン回しをしたり、ルーズリーフの紙で折鶴を折っていく。自分でできる精一杯のギャグも、周りからしてみれば、何それというレベルであった。

 未来ブログで書き込みは続く。書き込みが続くほど、彼の精神は限界に近づく。
 ――面白くないはタブー、けれど、そのタブーに知らずに触れて、コメントは不満と罵倒の嵐になっていく。
 クラス中はこちらの方がメインとなり、ニッシーの悪口を書くことを楽しみようになっている。もはや学校裏ブログにあった実況イジメの方法であった。

 完全に追い込まれたニッシーは何を思ったのか、ゆっくりと手をあげた。クラスメイト達はそれを、何か面白いことをする合図だと見ていた。
「せんせい……」
 カミナリはニッシーの様子に気づかず、助動詞の断定の活用法を黒板に書いていた。
「先生!」
 カミナリはゆっくりと振り返り、邪魔くさそうに、返事する。
「なんだ?」
「あの、ちょっとトイレいっていいすか?」
 その瞬間、クラスの数人はまた、ぷっと吹いた。ニッシーの精神が追い込まれている様に笑っているようだ。更にそれに追い討ちをかけるように、カミナリは更に訊いてくる。
「もうちょっと、大きな声でいいなさい」
 思いもよらない反撃にクラスメイトの数人は笑いを我慢する。両手で口を塞ぐもの、ぐっと腹筋に力を入れるもの、教科書で自分の顔を隠すものなど、笑いを抑え込もうと多種多様の方法で抑えていた。
「え、あの、……トイレ、です」
「わかった、行きなさい。15分以上だと遅刻扱いにするからな」
 カミナリの余計な一言が追い討ちになり、クラスメイトの数人はガハっと笑った。そんな笑いの渦に包まれて、ニッシーは教室の外へと出て行った。


 栗林君と二人っきりになった。本来ならこの状況はオイシイんだけど、先ほどがアレだったから、今はもう家に帰りたい。かといって、今から出て行くとニッシーに遭遇しそうで余計に気まずい、どうしよう。

 そんなこんな逡巡していると、栗林君は私を背にしてここから立ち去ろうとしていた。
「栗林君?」
 なぜか、私は遠ざかる後ろ姿に向かって声をかけてしまった。
「なんだ?」
「あ、その……」
「チェーンメールのことか?」
「うん、あの、その……うん」
 ホントは違ったけど、うん、と肯定してしまった。
「気づいたか。実はな、あのチェーンメールには穴があるんだ。西川にそれが気づかれるかどうか、ひやひやしたわ」
「穴って、やっぱり」
「ああ、あのチェーンメールの送信先に自分のケータイアドレスを入れれば、自分にも受信メールが届く。この点について、西川が気づいていないなんて、まだまだ詰めが甘いもんだ」
 栗林君の推理は違っていたけど、チェーンメールの送信先に自分のケータイアドレスを入れられることは知らなかった。
 ――もし、私がチェーンメールを発信していたら、この時点で終わっていたかもしれなかった。受信メールのアリバイが勝手にできた私はかなり運がいいと言えるだろう。
「ま、ここまで頭がまわっていたなら、玲子って奴はかなりのやり手だ。受信メールを自分のケータイに入れているんだから、よほど、未来ブログで何かをとんでもないことをしようとしているかもな」
 私の顔を覗きながら、栗林君はそう指摘する。彼はまるで私のことを玲子と見ているみたいだった。
 ……だからだろうか、こんなことを言ってしまったのは?
「ねえ、栗林君は私が玲子だと思う?」
 彼からの視線を避け、下向きながらこんなことを言ってしまった。
「受信メールがあるから違うだろう?」
「いえ、私が受信メールがなかったら、疑っていた?」
「いや、受信メール拒否設定があるから、受信メールがなくても犯人とはいえないな」
「違って、そういう受信メールとかじゃなくて、私が玲子だと思ったと聞きたいの?」
 なんでこんな危なげな橋を渡るのだろうか? たぶん私は彼の本音を聞きたかったのかもしれない。
 二人きりというめったにないシチュエーションに私の気持ちは少しずつ加速していき、それが言葉として出てしまった。ただ、栗林君が、おまえはそんなことをしない、という言葉をほしがった。私は栗林君の返事に期待していたのだ。
 期待に胸が膨らんで、息苦しくなってきたとき、栗林君は口を動かした。
「書くのか?くだらないことを?」
「え?」
 栗林君から返ってきた返事はとてもシニカルなもので、私が求めていない言葉であった。
「未来ブログがくだらないって?」
「ああ、最悪にくだらない。何が楽しくて書いているのかわからないし、何が目的なのかわからない。もし、書いているヤツが誰かわかれば、オレ、幻滅するな」
 私は何もいえなかった。玲子に対する栗林君の意見がそのまま、私の醜い心を指摘しているようにも見えた。
「おっと、もう帰るな。もし、未来ブログに何か書かれても無視するのが一番の手段だぞ」
「うん、ありがとう」
 栗林君は教室から出て行くと、私は窓側から見えるグラウンドを見ていた。野球部員が大声で言う「ドンマイ」って声が、なんだか、悲しく私の心を突き刺した。

 栗林君に肩を叩かれたニッシーは私ににじり寄るのをやめ、彼と対面した。
「なんだ? クリバヤ? 何か用があるのか?」
「わすれもの」
「そうか、わすれものを取ったら、早く行ってくれよ」
「そうもいかない。上村が書いたという確認が取れていない」
「書いていないという確認もできないだろう?」
「西川、それはな、悪魔の証明っていってな、証明できないからあると言っているようなもんだ。それで騙されるのは、せいぜい小学生ぐらいだぞ」
「うるさい。じゃあ、お前なら証明できるのか?」
「確実とは言えないが、未来ブログの管理人ではない、という証明はできる」
「どんな方法だ」
「それはな、俺が忘れていたものに関係する」
 栗林君は自分の机へと向かって、机の中を漁る。
「俺が忘れていたのはコイツだ」
 栗林君の机から出してきたのはケータイ電話だった。
「ケータイ電話?」
「ああ、そうだ、で、これが、その証明だ」
 栗林君はケータイの画面を私たちに見せてきた。そこに写っていたのは、先ほどチェーンメールで一斉配信された玲子のメールだった。
「あのな? これがどういう風に証明できるっていうんだ?」
「上村、お前、ケータイ持っているか?」
「うん」
 あまり考えず、うんとうなずいた。
「そうか、ちょっと玲子から送られてきたメール見せてくれるか?」
「いいけど」
 私はあまり考えず、ケータイ電話をカバンから取り出し、玲子、つまり、カコから送られてきたチェーンメールを見せた。
「……そうか、上村は玲子じゃないか」
 栗林君は私のメールを確認すると、一人で納得する。置いてきぼりになったニッシーはすかさず、それについてたずねる。
「クリバヤ、なんで納得できるんだ? なあ?」
「簡単なこと、そのメールが受信メールだからだ」
 栗林君は二カッと笑い、私が玲子ではない、という証明を説明する。
「玲子がチェーンメールを発信しているのなら、俺らは受信メールとして受け取っている」
「そうだな」
「でも、チェーンメールを自分で送信して、自分で受信するまず奴はいない」
「送信者が受信者になることはないってことか?」
「ああ、そういうことだ。送信者は送信メールとして残っている。といっても、フリーメールは何処かのメールサイトを経由して送信してるのだから、ケータイの中に送信メールが残らない」
「どっちにしろ、ケータイの中に送信メールなんて見つからない。だったらケータイを見る意味が……」
「待て待て、送信者には“ある”ものが“ない”。それは何かってわかるよな」
 ニッシーは栗林君が指摘する、あるものがない、点について、気づく。
「……まさか」
「そうだ。“受信メール”があるんだ」
 栗林君は受信メールがあれば、玲子ではない理由を説明していく。
「何度もいうが一斉のチェーンメールに自分にも受信メールを送りつけるヤツはいない。玲子から送られた受信メールがケータイの中に残っていること=送信者ではない=玲子ではない。わかるよな」
「……ああ」
「だが、上村のケータイ電話には玲子から送られてきた受信メールがあった。これこそ、玲子ではないという最大の証拠なんだ」
 ズバッと見抜いたと言わんばかりに、栗林君はニッシーを追い詰めた。

 しかしながら、この推理には間違いある。チェーンメールが送り係と、未来ブログを更新する係がいれば、この受信メールのアリバイは簡単に崩される。果たして、ニッシーはそれに気づくか?
「……」
 ニッシーは気づくどころか、何もいえわず、ただ栗林君の推理に辟易するばかりであった。ニッシーは受信メールのアリバイを見破ることができず、ただ黙るばかり、完全に、イニシアティブ(先導権)はこちらに分があった。

 ――まさかの逆転劇、栗林君の機転の良さと、私の運があってなしえたものだ。
 栗林君がいなかったら、このままニッシーからどんなことをされたのかわからない。
 また、私一人で未来ブログを作って、それをチェーンメール配信していたら、この時点で私は玲子だとバレたのかもしれない。……ぞっとした。

「上村、ケータイもういいぞ」
「あ、はい」
 私はケータイをカバンの中に入れた。
「西川、とかく、謝れよ。例え、上村が未来ブログの管理人だとしても、お前がやったことは許されるものじゃない。わかっているな」
 栗林君の指摘でずっと下を向いていたニッシー、しばらくして彼はすっと顔を上げて、私の前に来るかと思うと、私の目の前で思いっきり頭を下げた。
「ミキ、いや。上村さん。ゴメンナサイ。俺どうかしていた」
「うん」
 いきなり慇懃無礼(いんぎんぶれい)な態度を取られても反応が困る。実際、私、玲子だから、なんだか、居心地が悪い。
「こんなことをいうのは恥ずかしいけど、今日、いや、明日からでいい。普通のクラスメイトとしてやっていってもいいかな」
「うん、私はいいけど」
「そうか、ありがとう」
 ニッシーは調子のりでカッとしやすいけど、根はまじめでいいコなんだと思った。
「もう帰るな、これ以上、俺がいるとなんだか悪いから」
 ニッシーはカバンを手にし、教室から去っていく。まるで私の前から逃げていくようにも見えた。

 ――五時限目と六時限目の休み時間、ニッシーはクラスメイトらにチヤホヤされていた。私もその会話に入りたかったけど、男だらけだったから、あまり入り込めなかった。
 けれど、これだけ盛り上がっているのは文化祭以来、久しぶりだ。学校という妙に偏屈で、楽しみのない場所で、未来ブログというバラエティができたから、みんなそれに楽しんでいるのだろう。
 そう思うと、カコと私はこの退屈を打ち破るエンタメなのだ。カラカラな心を潤う刺激がこのクラスにできたのだ。

 六時限目が終わり、放課後を迎えた。クラスメイトらが下校する中、私は一人ポツンと席に座っていたニッシーに話しかけてみた。
「何、見てた?」
 ニッシーがケータイを見ていたのは知っていたが、わざとそう言った。私は自分の口から未来ブログを見ていたと言わせたかったのだ。
「……なあ、ミキ」
 ケータイを机の中に隠して、私の方を見るニッシー。
「なーに?」
 私はそんな彼の目と合わす。その目は笑ってなどいなかった。
「お前か? 玲子って?」
「え?」
 ――どうして、私が未来ブログの管理人だとわかったの? いや、疑われるわけがない。カコが告げ口するか、ブログサイトに問い詰めない限り、私だという証拠は何処にもないのだ。
 だとしたら、なんで疑っているのか? その理由について尋ねてみた。
「ねえ、どうして、私なの?」
「ずっと、待っていたんだ。放課後、一番先に、話しかけてきたヤツが玲子だと」
「だからなんで?」
「玲子は未来ブログに書かれた奴の反応を面白がってやったんだ!」
「だから、放課後話しかけてきたコが玲子だと?」
「それ以外、何が言える?」
 私は言い返さなかった。たとえ、ニッシーの妄言だとわかっていても、それを否定することはできなかった。――反応を面白がって見たわけではないが、様子見をしたかったのは確かだったからだ。
「このタイミングとか考えたらお前しかいない!! どういうことなんだよ!! 俺に何か恨みでもあるのか?」
「ない……」
「ええ、はっきりいえよ!! お前なんだろう!」
「私は違っ!」
「証拠を見せろよ!!」
 机から立ち上がった私は部屋の隅へと追い込まれていく。教室には何人か女子がいたが、ニッシーの怒号に驚いて、教室から出て行った。廊下でキョロキョロと覗いているのがなんか腹が立った。
「どこ見てる!?」
 視線が戻さないと怒られると思い、ニッシーと目を合わす。血走った目が彼の怒りの様を物語るようで、その視線から逃げるように、視線を下にした。
 ――大声を出したい、でも出したら出したで問題になる。問題になるってことは、私が未来ブログを書いていることがバレてしまう。……何もできない
 何もしないことにニッシーの怒りも頂点に達する。
「いい加減にしないと本気で……」
 ニッシーが何かを言いかけ、そのまま、黙った。何が起こったのか? 私はおそろおそろ視線を上げた。すると、そこにはニッシーの肩を叩く栗林君の姿があった。


  ――カコが言った工作方法とはこうだ。カコがチェーンメールを送った後、私は未来ブログに匿名のあおりのコメントを書き込む。先にコメントを書いておけば、三つ、四つ、書いておけば、後から書くヒトが増えてくれるとカコがアドバイスしてくれた。

 このとき、私はあることに気づいた。ずっと疑問に思っていたのだが、コメントのアラームメールとチェーンメールの時間が逆転していたのはなぜかと思っていた。
 本来ならば未来ブログのURLが載ったチェーンメールが先に来て、未来ブログのコメントがありました、というアラートメールが後にないとおかしいはずだった。なぜなら、コメントを書き込むはずのクラスメイトが、未来ブログのアクセス先のあるチェーンメールを見ずに、書き込んでいるはずがない。これは紛れもなく、矛盾である。
 しかし、カコが先に未来ブログに書き込みをしたことだとすれば謎は解ける。カコは、未来ブログはみんなに注目されていると自演のコメントを書くことで、みんなにアピールしたわけだ。

 自演コメントの力はこれだけではない。私が、未来ブログに自演コメントを書くことで、ニッシーは窮地に立たされた。やりたくないと思っていても、やらないといけないと思い込む。言わば、これは群集心理を応用した、“偽りの群集心理”だ。

 本当は一人しか書き込まれていないことも、他の誰かが書いたと思い込む。――工作だろう? と誰かは勘付くが、それを確かめる術はない。
 また、これはニッシー個人を狙ったわけではない。クラスメイト全員の心を動かすことにより、ニッシーの心を動かす。……“偽りの群集心理”が、“ホントの群集心理”へと変えさせた瞬間だ。

 実際の話、コメントに私以外の書き込みがあった。私のコメントに感化されて、つられて書き込むなんて、これではまるで情報統一されたマスコミみたいだ。

 ――マスコミが嘘を垂れ流しても、だんだんとその嘘を信じ込み、いつの間にかその嘘がホントになる。
 例えば、ある新商品が売れていると放送する。でもそのソース(情報元)はどこにもないが、マスコミは売れてる売れてる、と、配信する。
 すると、売れてる、というキャッチコピーに流されて、それを買ってしまうヒトがいる。そしてそんなヒトがいっぱいいるから、いずれ、その売れてるという嘘も、いつの間にかホントになってしまうのだ。
 もちろん、マスコミは嘘をつくことはない。ただし、ミスリード、ホントに売れているんだと思わせる書き方で、視聴者を扇動するのだ。

 カコはそんなマスコミのアイデアを使った。私が未来ブログを書いた後、カコがチェーンメールを送り、私はその二、三分後、未来ブログにコメントを書いた。
 その後、ぞくぞくと未来ブログのコメントが増えていき、このコメントは事実上ホントのコメントへと摩り替わった。
 ここで大事なのはチェーンメールを送る前だと、自作自演がバレる。かといって、送った後、すぐ書いたら、バレる。……玲子がコメントを書いたという事実を勘付かないようにするのが、工作行為に大切なことなのだ。

 チェーンメールによる未来ブログの更新事実、未来ブログにある名無しのコメント書き込み、この二つが私たちがした工作だ。

 これでニッシーは未来ブログに書かれたとおり、“明日の五時限目で、何か面白いことをしないといけない”のだ。


 五時限目、担任のイワモトの授業中、私はずっとニッシーの後ろ姿を見ていた。テカテカと光るスキンヘッドを見ていると面白い。太陽の光が反射して光沢が滑らかにすべるの、なんか笑ってしまいそうだ。
 でも、私がニッシーの頭を見ているのは、何もヒマで見ているわけではない。もうそろそろ、カコの仕掛けたが、起きるのを今か、今かと待ち望んでいる。
 ピピピ、ピピピピ!
 誰かのケータイの着信音が鳴ってしまった。授業中はマナーモードにして、着信音はオフにしないといけないのに、まったく。
 しかし、担任のイワモトはケータイの着信音を気にせず、淡々と授業を続ける。さすが、イワモトさん、小さな授業妨害を気にせず、仕事を続ける。いい先生だ。

 ちょっとしたアクシデントがあったが、私はニッシーの様子を見る。あごを引いて、何かを見ているようだ。
 他にもクラスメイトの数人が俯いて、何かを見ている。そして、みんなニッシーを見る。……どうやら、カコの仕掛けがみんなに届いたようだ。

 私にもカコが仕掛けたものが届いたのかチェックしてみる。


 送信者:玲子 2008/05/07 13:48
 題名:玲子の未来ブログ更新しました
 こちらへアクセス

 私はケータイから玲子の未来ブログへとアクセスし、カコが昼休みに言ったとおり、工作を行うことにした。

 授業終了のチャイムが鳴り、何事もなかったかのように、授業は終わった。しかし、担任のイワモトは職員室に帰る間際、こんなことを言ってきた。
「これは担任として俺からの意見だ。俺だったら良かったが、明日のこの時間にやる、古文の神田先生だと、ケータイ、バシっと折られて、ボタンと画面が離れ離れになるぞ」
 その瞬間、数人がプッと吹いた。私はそれを見て、未来ブログを見ているんだな、と、ニヤリと微笑んだ。


 昼休み、昼ごはんを食べ終えた私とカコは未来ブログについての話をしていた。休憩時間にクボスケ、ニッシーと話していたことや、授業中、未来ブログについて考えていたことなど、とかくカコには未来ブログにある現状について話しておく必要があった。
「うーんなるほど、で、未来ブログを更新しないとキョウコがイジメブログとしてホームルームでいうって?
「うん」
「考えすぎ、考えすぎ」
「でも書かれたのが、カコだから」
「うーん、そう考えると、ありかな。昔からあたしのことになると、本気になるからね」
「へえ、そうなんだ」
「……あたしのこと好きなのかな?」
「エエェェェエ!!」
 とんでもないことを口走りましたよ、カコさん!
「違う違う。少なくともセレナな関係じゃない」
 セレナって……、まさか百合? もう高校二年生なのに!私の妄想は次第に加速していく。
「で、ミキは未来ブログに書くのは誰がいいと思うの?」
 カコが大きな声を出したことで、私の頭の中から妄想を取り除かせた。……話の軸は修正した。
「私は未来ブログを理解して、そのとおりにしてくれるヒトがいいな」
「じゃあ、ミキは、未来ブログに書かれた、そのとおりになるブログになるということでいいのかな?」
「うん、そうしないと、キョウコ信じないから」
「いじめブログではないことを証明するために、未来ブログだと証明させる。そのためには、未来ブログに好印象のあるヒトじゃないとダメ」
「うんうん」
「けれど、未来ブログにブログネタにはそれなりのハードルがなきゃいけないし、同じものを二回書いたら意味がない。休みネタは使えないわね」
 ――こういうときのカコは意外と頭が回る。いつも危ないことを考えているからかなりのリスク回避能力が備わっている。文化祭のゲリラ事件もカコが一番先に逃げたのもその能力のおかげだ。正直、うらやましいスキルである。
 でも、ポンポンとアイデアが出てくるカコにも今回ばかりは行き詰っているように見えた。そこで、私はターゲットを選定し、それからブログネタを考えるのがいい、と、助言することにした。
「ねえ、まず、誰が未来ブログに書かれるか絞ってみるのがよくない?」
「うん、じゃあ、……クリにしよう」
「栗林君はダメ!」
 私は大声でストップをかける。
「え? どうして? 面白いじゃない? 書きやすいし」
「絶対やらない! やってはいけない! イメージ壊れる!!」
「でも、男は三枚目よ。日ごろ無口で無粋で無表情なクリが未来ブログに書かれたことをするだけでも最高じゃない?」
「あのね、わかっていてるでしょう」
「うん。クリの話になると、ミキは本気にするから」
「もう、で、ホントのところ、誰にするの?」
 カコは先に冗談を言ってから、本題を持ちかける。……この前の未来ブログのとき、既に経験済みだ。
 カコは私が顔を緩ませて、ゆっくりと首を振る。どうやら、未来ブログに書かれる者は誰かと選定していたようだ。
「ニッシーがいいかな。ミキの話を聞く限り、ニッシーは未来ブログをわかっているみたいだし」
「でも、未来ブログの管理人が色々なことを仕掛けているから、現実になるって言っていた。動かないんじゃない?」
「逆に、動かせるようなことを書いてみたら?」
「え?」
「ニッシーはうちのクラスの中でも代表格の調子ノリで、クラスのカオのひとつでもある。そんなニッシーが未来ブログに書かれた。未来ブログを見ている側から見たら、絶対にやってくれると思っている」
「……カコ、まさか、未来ブログを見ている側の“群集心理”を使うわけ?」
「“群集心理”ってわけじゃないけど、ほら、あるじゃない? あいつならきっとやってくれる。絶対やるっていう“根拠なき期待感”っていうのかな。未来ブログがどれだけクラスに浸透しているのかわからないけど」
「じゃあ、無理かな。まだそんなに広まっていないし」
「あたしに考えがあるわ」
「え?」
「未来ブログの特徴を使った方法が、ね」
 そういうと、カコはハニカミながらほほえんだ。わたしはそのほほえみがカコの裏側にあるものだと思うと、少しばかり恐怖する。
 けれど、その小悪魔な無邪気さがカコの魅力でもあり、退屈だった私の生活を一変させるほどの力を持っている。そう、カコのアイデアはいつも私や誰かの未来を変える力があったのだ。


 二時限目の授業中、私はニッシーの話から未来ブログのコメントを確認していた。

 思いの他、未来ブログはコメントを見る限り、好評だった。でも、どちらかと言えば、どこぞの掲示板のように、好き勝手に書き込んでいるといった感じだった。

 しかし、このままと管理していないと、この未来ブログは学校裏サイトのような中傷コメントだらけになるブログになってしまうだろう。

 私としてはすぐ未来ブログを閉鎖すべきだと考えている。それが一番の安全策と言える。
 ところが、あのキョウコのことだ、未来ブログを閉鎖しても、誰が未来ブログを書いたのかを探し続ける可能性は大きい。
 しかし、この未来ブログは『ホントに未来が書かれたブログである』とすれば、どうであろうか。このブログはいじめブログではないと思ってくれるに違いない。となると、未来ブログの更新は必要となる。

 となると、次に必要となるのは未来ブログのブログネタである。何をブログネタにすればいいのか。こればかりは難しいところだ。
 未来ブログを理解してくれるヒトが一番いいと思う。となると、クボスケぐらいになる。
 いや、クボスケはそのとおりにやるのだろうか? 未来ブログに書かれたことをやってくれるのであろうか。彼の性格からして、可能性は低くなる。……条件が合わない。

 誰にすればいいのか、私はそれを考えていく。すると、私の意識はまどろみの中へと向かっていく。
 ――ああ、渋滞の眠気が一気にきた。
 気持ちいい眠気が私の顔の中に広がり、一気に眠りへと誘ってくる。……もうダメだ。私はその心地良い眠りに誘われて、机の上で眠るのであった。


「クボスケ」
 少し入りづらい空気の中に割ってはいるスキンヘッドの男子生徒、ニッシーだ。
「ニッシー?」
「上村、未来ブログについて話しているんだろう? 俺にも言わせてくれ」
 相変わらず、テンションが高い。ここはイヤと言ってもしゃべるだろうから、勝手に喋らせておけばいいと思い、「はい、どうぞ」と言った。
「未来ブログって、面白いよな?」
「はい?」
 予想斜め以上のことを言われて、首をかしげた。
「未来ブログって考えてみたら、未来に起きたことを書かれているんだろう。ってことは、絶対そうなるわけだ」
「言ってる意味わからないんだけど」
「簡潔に言うと、未来ブログを現実にするためには、何か材料が必要になるわけ。今回、カコがあらかじめ休むのを知っていたから、休むって未来ブログに書かれたわけだ」
「へえ」
 ニッシーは未来ブログの管理人の玲子が、色々な情報を知った上で、未来ブログに書いて、裏で工作して、それを現実にさせる、と考えている。どうやら、ニッシーは一視聴者として未来ブログを見ていて、自分とは関係ないと思っているようだ。
「あれ、いつものミキなら未来ブログって魔法かかっているから、そのとおりになるとか言うと思ったけど」
「ええ、そうかな?」
「カコがそういっていたけど」
 ……カコめ。デタラメなことを言って、もう。
「でも、ホントに未来ブログに書かれていることが現実になっていくのなら、何かと面白いな。未来ブログに書かれているコメントも最高だし」
「コメント?」
「見ていないのか? 多分、このクラスにいる誰かが名無しとして、書いているんだ。いや、誰が書いたと思うと楽しくてな。もしこれからも更新続けるなら期待大、もっと無茶なことを未来ブログに書いてほしいわ」
 ニッシーはそういって、私達を背にして去っていく。
「どこに行く?」
 クボスケは尋ねる。
「隣のクラス、ちょっと教科書借りにな」
 そう返事して、ニッシーは教室から出て行った。クボスケも「じゃあ、ボクもこの辺で」と言って、私の前から消えていった。

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名前:
上村未来(ミキ)
年齢:
32
性別:
女性
誕生日:
1991/11/05
職業:
高校二年生
趣味:
ケータイイジリ
ブログの紹介:
 この現実ブログは私が持つ、“未来ブログ”についてまとめたブログ。
 “未来ブログ”は、親友のカコに頼まれて、書くことになった。すると、“未来ブログ”で書いたことが次々と現実で起こるようになってしまった!
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